田中美郷教育研究所−設立趣旨
田中美郷教育研究所 ノーサイドクリニック STワールド 聞こえの部屋

 

わが国の聴覚障害者数は、厚生省の統計によると、大人が35万人、子供が16,400人です。身体障害者手帳を交付されない70dB未満の聴覚障害者を含めると、その数は倍増すると考えられます。

聴覚障害は、単に「聞こえない」という障害ではありません。言語の獲得期に聴覚障害があると言語獲得に遅れが生じるという二次障害が大変深刻な問題です。言語は、コミュニケーションの手段であると同時に、思考の手段でもあります。聴覚障害があるために思考の手段を持てないというのは、人間としての尊厳を侵されている状態です。この、聴覚障害による言語獲得の遅れを改善するために、医師、言語聴覚士、ろう学校教諭などの専門家が、日夜努力を続けています。

聴覚障害児は、生まれてから数カ月、人によっては数年間、その障害に気付かれないまま成長するのが現状です。聞こえない時間が長ければ長いほど、言葉の発達の遅れが大きくなります。しかも、言葉の獲得には臨界期があり、ある時期までに言葉の刺激をまったく受けなければ、生涯、言語を獲得できなくなってしまいます。聴覚障害をできる限り早期に発見し、速やかに教育を開始することは、聴覚障害の お子さんたちのために、最も大切なことです。

現在、保健所などでは、赤ちゃんの検診が行われています。赤ちゃんの検診の中で「聴覚検診」が最初に行われるのは、3カ月〜10カ月児検診です。このとき、「中〜高度難聴のチェックをする」ことになっています。また、厚生省は、3歳児健診のときの聴覚検査を法定化し、全都道府県に通知を出しています。どのようにチェックするのかなどの具体的な方法は3歳児検診時の聴覚検査以外にはなく、現状では、 お母さんへのアンケート調査程度しか行なっていない所がほとんどです。

そのため、聴覚障害の発見は80dB以上の高度聴覚障害児で平均1歳台、中・軽度聴覚障害児では平均3歳以後に発見されるのが現状です。中・軽度聴覚障害児の中には、就学児健診で初めて発見される場合すらあります。聴力レベルが40dBの軽度聴覚障害であっても言語発達に遅れをきたすというのは、いまや専門家の間では常識です。中・軽度聴覚障害の発見年齢の遅さは、聴覚障害の お子さんたちに重大な言語障害を発生させる原因となります。

また、病院や保健所で聴覚障害が発見されても、診断した耳鼻科医の聴覚障害についての知識の薄さから、ご両親に聴覚障害児教育についての適切なアドバイスをせず、結果として大きな言語力の遅れを生じさせてしまうこともあります。

現在の日本の聴覚障害児教育のシステムにも問題があります。文部省が聴覚障害児の教育機関として定めるろう学校は、基本的に3歳で教育を開始します。「教育相談」という名目で0歳児からの教育を行っているろう学校も増えてきましたが、多くは、1週間に1度程度の お母さんのカウンセリングを中心とした内容にとどまっており、お子さんの言語獲得に最も大切な「0歳から3歳」の教育が不十分であることは否めません。

近年、日本においては少子化が問題となっており、出生する新生児は年間120万人です。しかし、障害児の数は、平成3年には81,000人であったものが、平成9年には81,600人と増加しています。換言すれば、障害児の割合が増加しているということになります。

この原因の一つに、医療の進歩で、ハイリスクベビーと呼ばれる、未熟児、胎内感染児などの死亡率の低下があげられます。これらのお子さんの中には、聴覚障害、または聴覚障害を持つ重複障害の お子さんが多くいます。未熟児の中には、高音急墜型の聴力のお子さんも多く、聴覚障害の診断をつけにくく、また補聴器のフィッティングも難しいという独特の問題も発生しています。重複障害で聴覚障害を併せ持つ お子さんについては、聴覚障害の発見が遅れることと、聴覚障害の部分をケアする教育がじゅうぶんになされないという問題も抱えています。新生児死亡率の低下そのものは大変喜ばしいことですが、出生する障害児の発見と教育は、医療の進歩に伴い、解決しなければならない現代の新しい大きな課題と言えます。

厚生省と文部省の調べによりますと、現在、日本には107校のろう学校で6,841人のお子さんたちが、17のろうあ児施設で643人の お子さんたちが、そして26の難聴幼児通園施設で860人のお子さんたちが教育を受けています。普通学校の中に設置されている難聴学級では、全国の347カ所の小学校で753人の お子さんたちが、141カ所の中学校で347人のお子さんたちが、普通学級で勉強しながらケアを受けています。この数字に上がっていないお子さんたちは、特別な教育を受けていないか、あるいは民間のクリニックなどで教育を受けていることと推察されます。

ろう学校や難聴学級では、専門の免許を取得している教諭の不足から、一般教諭を採用せざるを得ない状況です。聴覚について知識のない一般教諭が、軽度聴覚障害児や重複障害児など、多様化する お子さんたちに対し、じゅうぶんな教育が行えるものかどうか、はなはだ心もとなく感じられます。

また、聴覚障害児に不可欠な補聴器については、ろう学校教諭にじゅうぶんな知識のある先生が少ないことに加え、それをフォローしてきた補聴器メーカーの視点が、拡大する高齢者マーケットに向いてしまっているという残念な現状があります。

いずれにしても、聴覚障害児教育は昔に比べて随分充実したとはいえ、まだじゅうぶんなかたちで全国の聴覚障害児が満足な言語教育を受け得る環境が用意されているとはいえません。

しかし、本年、言語聴覚士の初めての国家試験が施行され、かねてより強く望まれていた言語聴覚士の国家資格化が実現します。数年前から言語聴覚士養成のための新設の大学や専門学校が設立されており、豊富な人材が輩出されるという教育基盤が整って参りました。また、人工内耳もろう児に導入されて、その効果が認められるようになりました。これらは、聴覚障害児の将来の教育基盤を作りあげてゆくうえで、明るいニュースとなっています。

これに加えて、昨年より旭化成株式会社が新生児用ABR聴力検査装置「natus−ALGO 2e」の販売を開始し、難聴の最早期検出が可能になってきました。この検査機器は、従来の聴性脳幹反応検査(ABR)技術を使い、聴覚障害児を新生児のうちにスクリーニングできるものです。この検査機器の登場により、聴覚障害児のハビリテーションは乳児期の早期に始め得る可能性が大きくなりました。これは、聴覚障害児教育の歴史に残る画期的な貢献と言えます。


「natus−ALGO 2e」は、
1.操作が簡単で専門家でなくてもできる。
2.短時間(3分〜8分)で検査ができる。
3.睡眠のために薬を飲む必要がない。
4.左右の耳を個別に、同時に測定できる。
5.特別な防音室に移動しなくてもできる。
などの極めて特徴的な機能を持った世界で唯一の優れた医療機器です。


赤ちゃんの内耳は、受胎してから24週で完成しています。未熟児であっても、在胎24週以上になれば、この検査機器で聴覚を検査することが可能です。

この機械が日本において普及すると、アメリカのデータを援用して0.7%の出現率で換算しますと、120万の新生児から年間8,400人の聴覚障害児が新生児のうちに発見されるということになります。

アメリカでは既にこの検査機器が普及してきております。1999年2月1日に、クリントン大統領は、2000年から、「Newborn Hearing Screening」のプロジェクトに400万ドルを援助すると発表しました。九つの州では、「Newborn Hearing Screening」を法律化するよう申請中です。近い将来、アメリカでは赤ちゃんにこの検査を行うことが法律で定められることになるでしょう。

日本でも、厚生省が、この検査機器を使った新生児スクリーニングの研究を開始しています。しかし、問題は「発見後のフォローアップをどうするか」ということです。実際、厚生省は1万人規模のRCT(Randomized Control  Trial)を実施しようとしましたが、聴覚障害の疑いのあるという結果の出た お子さんのフォローアップ体制がなかったため、これに踏み切れなかったというのが現状です。フォローアップ体制がないために、日本の聴覚障害児の発見そのもののシステム構築が遅れているのです。

この機器は、出生直後に検査結果が判明する、実に画期的なもので、早期発見が望まれる聴覚障害児にとっては大きな福音と言えます。

しかし、生まれたお子さんに黄疸が出ただけでも涙ぐんでしまう若い不安定なお母さんが、突然「お子さんは聴覚障害の可能性があります。」と宣言される過酷さが一方にあります。出産と同時に障害者の母となってしまうのです。 お母さんと家庭を支える、社会的な共感のインフラストラクチャーがぜひとも必要です。まずお母さんを安心させ、勇気づけ、お子さんへの愛情を持って、 お子さんの将来に希望をもって育児に励むことができるように導いていく方法と技術がなければ、大きく変化する「お産」に耐えれらない お母さんが続出してしまうことになりかねません。このスクリーニングが一般化すれば、今までとはまったく異なったステージで、より大きなインパクトを持って お母さんを取り巻く環境が変わってくるという時代に突入致します。

こうした背景のもと、日本で唯一の「聴覚障害児のホームトレーニング」を確立された田中美郷先生をお迎えして、新しい教育機関を発足させることになりました。新生児の難聴の発見、補聴器の装用、教育など、今までだれも直面してこなかった問題に早速取り組んで参りたいと思います。

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